映画『天国と地獄』ネタバレ感想・解説 !黒澤明と三船敏郎の永遠のタッグが生んだ最高級サスペンス

サスペンス

今回は映画『天国と地獄』をご紹介します。

監督は黒澤明、主演に三船敏郎という黒澤映画では常連の名コンビ。

汗だくの役者達の息づかいとフィルムの質感とカメラワークに酔いしれ、1963年の作品なのにここまで面白いのかと驚きました。リアリズム小説かのような脚本と同居しているエンターテイメント性のバランスの妙と、まるでSF映画を観ているかのようにデフォルメされた横浜・黄金(こがね)町の町並みや雰囲気にも度肝を抜かれると思います。

ポン・ジュノ監督もパラサイト 半地下の家族を作る際、参考にしたとされる本作品。語るところは余りに多すぎる為、本サイトでは一部抜粋で紹介していこうと思います。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察記事です。

作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

映画『天国と地獄』の情報

引用:imdb

監督
黒澤明

脚本
小国英雄菊島隆三久板栄二郎黒澤明

出演
三船敏郎仲代達矢山崎努香川京子三橋達也石山健二郎佐田豊、

英題
High and Low

1963年/143分/日本

映画『天国と地獄』のあらすじ

前半のストーリー

製靴会社の専務・権藤(三船敏郎)の息子と間違えられて、運転手の息子が誘拐された。三千万円もの身代金を要求され、苦悩の末、権藤は運転手のために全財産を投げ出す決意をする。三千万円を犯人に受け渡そうと、犯人と電話で身代金受け渡しの交渉に挑む。

後半のストーリー

医者の見習いでもある知能犯竹内(山崎努)は身代金を手に入れる。徐々に警察の戸倉(仲代達矢)に追われて行き、街を奔走する。逃げた先に待っているのは何なのであろうか。

映画『天国と地獄』の感想・解説

引用:imdb

本作品は黒澤映画のベスト10選出では絶対入ってるほどの人気作。1位は毎回『七人の侍』なのですが、いやいや本作品も全然負けてないでしょ!と思います。

前半が富豪の邸宅内で繰り広げられる密室ヒューマンドラマ、後半がその邸宅の下に広がる怪しい街を舞台にしたサスペンスドラマの2部構成になっている為、見やすさもあるかと思いましたね。

天国”か”地獄ではなく、天国”と”地獄の世界

丘の上に立つ大邸宅に住む権藤(三船敏郎)は全てを手に入れながらも誘拐事件に巻き込まれます。株主総会におびえ奔走する毎日も描かれ、天国に行けばまた地獄も近づくというような学びも得られました。

犯人側を描かないことでサスペンスフルな演出にしたかった黒澤は結果的に前半の一時間も誘拐された権藤の自宅だけのシーンにすることに。今も当時も、10分に一回は絵代わりをしてくれと映画会社に言われるようで、絵が変わらないのはあり得ないこと。ですが巨匠である黒澤は一気に押し切ってしまったそうです。この前半の密室劇では閉塞的な印象を受けました。

一方、後半は丘に立つ豪邸を下から見上げ、ドブ川をゆっくりと見せてから汚れた街並みが写し出されてからのスタート。川が天国と地獄の分断のモチーフになっています。最高のサスペンスには必ず川が出てくると思うのですが、高台に立つ豪邸と裾野に広がる貧民街の構図や、川が分断の合図になっているところは映画パラサイト 半地下の家族ポン・ジュノ監督も取り入れた手法です。

横浜・黄金(こがね)町のかなりデフォルメされた世界観も画面からフェロモンが出まくっていました。薬中が虚ろな目で徘徊しまくる街と、ダンス・クラブ、路上に溢れる娼婦など、さすがに当時でもこんな荒んでいた訳はなかったようですが、黒澤の、観客にはこうでもしなければ伝わらないんだという熱意が溢れています。

引用:imdb

歓楽街のクラブに、サングラスをつけた山崎努が逃げ込むシーンでは、エキゾチックな音楽と、男女の乱痴気騒ぎの、画面から伝わる色気が半端なかったです。こんな荒廃した街もどこか陽気な天国に見える瞬間もあるほどに。前半が密室劇だった為、後半一気に開かれたイメージになり、天国と地獄が、二部構成の中の前半にも後半にも見え隠れし、図らずも多層的に描かれていたと思います。

現実にも侵食するほどの天国と地獄

本作品は当時の誘拐罪に対する刑の軽さに対する批判と、徹底的に細部にこだわった推理映画を作りたい、という思いから製作され、1964年の刑法一部改正(身代金目的の略奪無期または3年以上の懲役)のきっかけになりました。

ただ皮肉なことに、刑法改正のきっかけとなったのは公開後、全国で身代金目的の模倣誘拐事件が増えてしまったからです。犯罪件数を高めることになってしまった側面と、本作の与えた「人生の天国か地獄かを決めるのは、正しく生きるか否かだ」の強烈な主張もまた多くの人に伝わっているはずで、この二面性にもまた天国と地獄を感じずにはいられないですね。

黒澤明が描く善と悪

主人公の権藤が子供にこんな事を言うシーンがあります。

男はなあ、やっつけるか、やっつけられるかだ。

引用:映画『天国と地獄』

英題の『High and Low』が表すかのように、黒澤の善悪の描き方は極端でシンプルです。徹底的に悪党共は生きるに値しないという正義感が貫かれている一方、黒澤の投影のような主人公権藤はどんな苦境も一人ではね除ける努力の男として描かれていました。そんなテーマに一石を投じるかのように、犯人役の新人・山崎努が奇跡を起こします。

犯人役である山崎努がラストシーンで犯人側の苦しみを金網を掴みながら叫ぶのですが、完全に山崎努のアドリブであったそうです。このシーンでは黒澤による演出指導は無く、顔がちゃんと映るようにライトを強くしていて、金網を触ると火傷するぐらいになっていたのにも関わらず、です。

引用:imdb

山崎努のアドリブが余りにも凄かった為、コントロールフリークと呼ばれる黒澤ですら、自分が全く予期していなかった演技を映画のラストに採用したそうです。最後の山崎努の演技で、地獄側の苦しみを覗かせて映画は唐突に終わります。本作品のテーマ自体を山崎努のアドリブがひっくり返し、不思議な余韻を残し映画は幕を閉じました。

この山崎努の演技は後の黒澤作品にも影響を与えています。その後山崎努黒澤映画に出続けますし、その後の黒澤作品のダークサイド側の人間描写に変化をもたらしています。

ワンカットなのにマルチカメラしかもフィルムで

引用:imdb

黒澤のこだわりとして、役者の演技を、その熱量を中断させないよう、マルチカメラでワンカット撮影するというものがあります。現代の長回しのワンカット撮影では、ここはワンカットで撮ってますよ皆観てね!みたいないやらしさを感じてしまう事が良くあります。絶対にワンカットだと知って貰いたいから一つのカメラで撮るからしょうがないのですが、それと比べて黒澤映画は全く別次元の考え方ですね。

役者の演技や現場の緊張感を分断しない為のワンカット、その上望遠レンズでのマルチカム撮影。その為カメラや照明の配置も大変だったといいます。しかも現代のデジタル撮影とは違い高額のフィルムによるマルチカム撮影です。

前半は室内での緊迫したシーンなので、現場の役者が演技に集中するように望遠レンズで撮っていて、望遠レンズの性質上、絵が暗くなってしまうので、照明をバンバンにあてて、ピントをあわせていくという撮影方法になるので、現場は強い照明で温度が上がっていました。その為、役者は劇中で無数の汗を流しています。

個人的には、仲代演じる警察官がヘロイン中毒について大勢の前で語るワンカットでのマルチカム撮影のシーンがあるのですが、緊張感の中、忘れそうになった台詞を思い出しながら喋っている感のある仲代の演技はいい意味でとても魅力的だったので観て欲しいです。ワンカットマルチカム撮影では、こんな不思議な空気を生むのだと学びがあり、デジタル主流の現代こそどんどん使うべきだと思いましたね。

民家解体、特急こだま、ピンクの煙の裏話

特急こだまからのカットで、犯人と子供を権藤が目視で確認するカットで、手前に民家が写り込んでしまう為お願いして民家の2階を解体したそうです。この事件は大げさに伝わり、黒澤は撮影に邪魔だからといって家を一軒壊したそうだという都市伝説が広まったようです。まあ、人の家の2階を解体ってだけでも途方もない仕事ですよね。

2000万円(今の価値2億円弱)で特急こだまを借りきって撮影した身代金の受け渡しシーンは、一回切りの撮影だった為綿密な用意が成されたそうです。列車の中に8台のカメラを置いて、全員が最初から最後まで通しで芝居していた為、失敗は許されない緊張感とライブ感がありました。

引用:amazon

本作品のジャケットはこの、こだまでのシーンから取られているのですが、筆者は、現代ではもっとこの映画を表すに象徴的で、おしゃれなジャケットがあるはずだと思うのですが、どうなんでしょう?

ちなみに本作品でもとりわけ印象的なピンクの煙のシーンでは、1983年のフランシス・フォード・コッポラ監督『ランブル・フィッシュ』、1993年のスティーブン・スピルバーグ監督『シンドラーのリスト』に引用されています。この名だたる固有名詞を聞くだけでも震えますね。日本では、1998年度の邦画最高のヒットとなる『踊る大捜査線 THE MOVIE』深津絵里が「あっ、天国と地獄」というセリフとともにパロったシーンがあります。本作品から受けるインスピレーションと語る言葉は尽きる気配はないようです。

最後に

引用:u-next

黒澤映画は時代性もあって作りが本当に深いと思いました。ただ、自分がどこか見落としたのかもしれませんが、犯人の犯行目的がいまいち弱かったように思うのですが、なんだかんだで、結局なんだったのでしょうか?もっかい見るしかないのか…

どうやらテレビスペシャルで作られた『天国と地獄』のDVDってのもこの世には存在しているらしく、絶対に手に入れたいですね。犯人役に妻夫木聡、刑事に阿部寛、主人公が佐藤浩市。こ、これは見るしかないっ! 

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